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【書評】麻雀、合コン、ラモーンズ、ときどき事件と非日常ー伊坂幸太郎『砂漠』

 

砂漠 (新潮文庫)

砂漠 (新潮文庫)

 

 

 青春小説、である。主人公の北村、チャラ男の鳥井、偏屈な西嶋、ある特殊能力を持つ南、笑わない美人の東堂ら大学生5人組の日常と、彼らの周辺に巻き起こる事件を描く。

 

 伊坂幸太郎の小説について何かを語るのは難しい。何を語ろうとしてもすべてが上滑りしてしまいそうなのだ。このひとの小説については以前、「ふわふわした」なんて形容詞を付けた記憶があるが、その印象は今回も変わらない。相変わらずふわふわしたままお話が進み、そして着地する。 

 

 伊坂幸太郎が多くの読者の支持を獲得している理由のひとつは、この掴みどころのなさにあるのだと思う。現実世界と地続きでありながら、まるで神様のちょっとした気まぐれによって生じたかのような、ほんの少しの非日常的要素。とりたてて騒ぐでもなく、それを淡々と受け入れ、どこまでも「退屈」な(実際は、すごく愉快な「退屈」なのだが)日常を過ごしてゆく伊坂ワールドの登場人物たち。それがたまらなく愛おしい。こうした世界観が彼の作品世界の一端を担っているのは明らかであろう。 

 

 そんなわけで基本的にはほのぼのした物語だが、そうした非日常ちょっぴりブレンド型まったり空間を侵しかねない、きわめて現実的でグロテスクな要素―今作であれば犯罪者たちの「悪意」であるとか、あるいは繰り返し語られる「戦争」への言及―も、しっかりとブレンドされている。その挿入の仕方がまたすこぶる上手くて、たとえばこの物語における「戦争」は、村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』における「阪神大震災」を連想させる絶妙の存在感だ。ちょっとしたことで揺らぎかねないこの「平和」な空間は、その居心地の良さと脆弱性ゆえに読者のハートをがっちりと掴んで離さず、ページを捲る手を止めさせない。 

 

 本作は厳密にいえばミステリではないが、例によって小説全体にちょっとした仕掛けがあり、それはラストで解き明かされる。これも含めてクライマックスの怒濤の伏線回収は感動すら覚えるほどの見事な手際の良さで、ミステリファンでも充分に満足できる。それ自体はきわめて作為的な仕掛けであるそのどんでん返しにすら、物語におけるある種の「必然」が意味づけられている、すなわち、ミステリ的なトリックのもつ驚きをそのまま青春小説におけるスパイスとして昇華してしまうという離れ業を成し遂げているだけでも、本作は高い評価に値する。 

 

 読み終えてもお腹いっぱいにはならず、何かが足りないという印象もあるが、それを含めてのこの作者なのだろう。笑いあり、感動あり、サスペンスありと盛りだくさん、用意周到に練られた、きわめて完成度の高い作品だ。