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中島哲也監督作『渇き。』が失敗作である3つの理由

 中島哲也監督作『渇き。』を観てきました。

 

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 えーと、結論から言うとダメでした。はっきり失敗作だと思います。

 監督の前作『告白』が個人的にかなり良かったので、期待していたんですがね。

 

 というわけで、どこがどうダメだったのかって理由を整理していこうと思います。作品の性質上、どうしても『告白』との対比で論じることになるのは許してね。

 (注:以下、『告白』と『渇き。』のネタバレをしています)

 

 

 

 

◆理由その1:リアリティラインが曖昧なこと

 映画版『告白』の成功の要因は、何においてもまず、徹底的にフィクショナルな世界を作りこんだことだと思います。

 『告白』は、その原作小説がベストセラーになっていた段階で、すでに批判は多かったように記憶してます。いわく、冒頭の教師の「告白」を聞いたガキどもが、その内容を親や友人にも話さず黙ってるわけねぇだろとか、エイズ患者の血液を飲んでも感染しないことくらいちょっとググりゃ分かるだろとか、一介の中坊(せいぜい偏差値65くらいでしょコイツ)が体育館全体を吹っ飛ばすだけの爆薬を調達できんのか、とか。要は「この話、明らかに無理あるじゃん」てなツッコミですね(文体の不在への批判も多かったけど、ここでは関係無いんで割愛)。

 ただ、この話の妙は語り手が交代するごとに別の(カッコつきの)「真実」や新たな展開が明らかになっていくという構成にあるのであって、ミステリ的な整合性とかリアリティは二の次でした。映画版ではそこをすごく見事に汲み取って、徹底的にウソ臭い、リアリティラインを下げた作品世界を作りこんでいたのです。

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  誰も話を聞いていない学級崩壊状態のホームルームでいきなりヤバいことを言い出す松たか子、生活感のない住宅、状況をベラベラ長文で喋りまくる登場人物たち、唐突に始まるダンスシーン。「皆さーん、現代日本を舞台にしてるように見えるけど、実はこれはヘンな世界でヘンなやつらがヘンなことをする映画ですよぉぉぉぉ」ってのを映画版『告白』は冒頭からフルスロットルで表明しています。だから観客は普通のサスペンス映画なら緊張を削ぎかねないおかしなシーンも演出として割り切れるし、「深淵」に見せかけてその実、「深淵でもなんでもねぇよ、ただの悪趣味な話だよバーカ」って感じの露悪的なストーリーを、現実から切り離された安全地帯からエンタテイメントとして楽しめるわけです。さながら遊園地のアトラクションのように。

 

 さて、『渇き。』に話を移しましょう。

 こちら、原作は未読なんですが、いわゆるノワール(暗黒)小説に分類されているようです。リアリティとか謎解きは二の次で、キャラや世界観の強烈さで読者を引っ張っていくタイプのお話なので、その意味では『告白』に通じるところもある。

 ところが本作、フィクションラインが『告白』ほど下がっていない、というよりかは、あんまり統一されていない。リアル寄りだったりウソ臭かったりする。ここに問題があるわけです。主人公をはじめ「こんな奴現実にはいねぇよ」ってキャラは出てくるし、やること為すことアホすぎてツッコミどころ満載なんですが、それに比して、キャラを取り巻く世界観はなんだか普通っぽい。

 たとえばオープニング。『告白』は開始10秒くらいでもう「フルCGのゲーム画面みたい!」って感じでウェーイと喜び勇んでウソ臭い世界に没入していけたんですが、今回は冒頭から始まるクリスマスシーンが妙に普通の映画っぽい…もとい、普通のダメな邦画っぽい(あの『アマルフィ』のオープニングに激似)。ここですでに嫌な予感がしていたわけだけど、残念ながらその予感は本編が始まると見事に的中してしまうわけです。

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 もうひとつ例をあげましょう。オープニングが終わって殺人事件発生、それを受けて役所広司演じる主人公が取り調べを受けているシーン。元同僚たちが「奥さんにマンションも娘も全部取られて…」とか、ご丁寧にも主人公の置かれている状況をすごく説明的な台詞で説明してくれちゃってます。もちろん現実にこんな漫画みたいな台詞を吐くことはないわけですが、『渇き。』では(少なくともこの時点では)フィクションラインはむしろ高めに設定されている(普通の映画っぽく見せている)ために、火曜サスペンス的安っぽさというか、普通にダサい、使い古された下手くそな演出をしているようにしか見えないのです(ここでさらに不安倍増。まだ開始3分くらいだぞ!)。

 

 

◆理由その2:メリハリがないこと

 その後、主人公が行動を始めてからは暴力!ドラッグ!レイプ!アッー!血がドバァ!内蔵グチャー!そして橋本愛は可愛い!(重要)と、たいへん愉快な展開のオンパレード。こういうのは本来、大好物のはずなんですが…なんでしょうかね、映画のテンションが上がれば上がるほど、観ているぼくの心はどんどん冷めていくのでありました。

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 そりゃ視覚に訴えるインパクトはありますよ。役者さんは本当に頑張って演じてましたよ。映倫からケチつけられそうな素材をよくぞここまでぶち込んだ、その心意気や良しですよ。でも問題はその見せ方。すんげぇ一本調子なの。演出や展開にメリハリが無いの。最初のインパクトを持続させようと、「救いようのなさ」とか「暴力」とか「嫌なもの」「怖いもの」をドラッグよろしく矢継ぎ早にこれでもかと注入されても、「あー、うん。ごめん、もうお腹いっぱいです」としかならないのですよ。

 また比較になるけど、『告白』は徹底してクールで静的な灰色の世界のなかにいきなり鮮血が飛び散ったり叫び声が上がったりするから面白かったんですよ。抑制きかせるところとビビらせるところの境界がはっきりしていたからね。

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 あと、そういう「救いのなさ」とか「怖さ」を結局、映像的なインパクトに頼ることでしか表現できなかったことも大いに問題ですね。『告白』はもちろん映像的な美しさが魅力の映画ではあるけど、「もっとも許しがたき者に、死よりも重い罰を与える必要がある」→「か〜ら〜の〜?」っていうラストの展開があったからこその怖さ、笑い、「ゆとりざまぁw」のカタルシスだったのであって…残念ながら『渇き。』にそうした物語的な興奮は見つけられませんでしたねぇ…(もっとも、これは原作に責任があるのかもしれないけれど)。

 

 

 

◆理由その3:完成度が低いこと

 今回、この映画を作るにあたって中島監督は「勉強会」を開催し、いろんな演出技法の研究を行ったそうです。その成果なのか、オープニングテロップはタランティーノっぽかったり、暴力描写は園子温テイストだったり、たまに三池崇史的茶目っ気が顔を覗かせたりと、いろいろ新しい試みをやっています(ドラッグシーンは何の影響でしょうかね…ダニー・ボイルでは無いし。森田芳光の『黒い家』のクラブシーンがちょっと近いか?)。なるほど進歩に向けて実験を続ける、その姿勢自体は賞賛されるべきものでしょう。

 しかし、ひとつの映画のなかでこれをやってしまったがために、結果として演出が統一されていない、散漫な作品になってしまった印象は否めないです。特にアニメシーンは絶不調だった頃のガイ・リッチーを思い出して若干心配になりましたよ(ちゃんと陰毛が生えていたのは高ポイントですが)。加えてストーリーも(これも原作に問題がありそうだけど)展開やら時間軸があちこちに飛んで分かりにくいうえに明かされるオチがなんじゃそりゃなお話なので、演出との相乗効果ですごく完成度の低い映画に見えちゃうし、観てて疲れを感じてしまうのです。

 あと、語り手を役所広司と「ボク」(少年)の2人に分けた構成も、ただでさえとっ散らかったストーリーをさらに複雑にするだけで、ぜんぜん上手くいってなかったですね。2つの物語が交わるのかと思いきや、少年パートが特に何事もなくあっさりと収斂したときは本気で失望しましたよ。真相が明かされて以降もダラダラ長いし。明らかに脚本のブラッシュアップが足りていないと思います。

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 またまた『告白』を持ち出しますが、あちらはシンプルなストーリーをいろんな角度から眺めながら軽快に進行させていくので、完成されているとまでは言わずともまとまって見えるし、クライマックスがそのままラストシーンとなってエンドロールに入るからこそ、パズルの最後のピースが嵌って物語が結実したような達成感があるし、本筋に集中できるので緊張感が持続しても疲れが少ないわけです。

 本作を評価していても、この完成度の低さに関しては認める人が多いのではないでしょうかね。

 

 

 てなわけで、個人的にはこれまでの中島監督作品のなかでもワーストです。

 もっとも、本作をすこし援護しておくと、もともと期待されるレベルが高い監督だし、いくらダメだといってもそんじょそこらのくだらん邦画と同列に並べるのは憚られるくらいにはレベルの高い作品だと思うんですよ。「駄作」ってレッテル貼るのもちょっと憚られるというか、100点満点で80点を合格ラインにしたら65点取っちゃいました、みたいな。

 しかしまぁ、これに懲りずに中島監督の次回作はもちろん観に行きますからね。バイオレンスはもういいから、次はぜひ森見登美彦あたり映像化してくれないかなぁ。

 

 

 

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