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世にも不思議な「浪人」という生き物ー牧野剛『浪人しないで何が人生だ!』

 

 

 

 「浪人」とは主君を失った武士のことを指す語だが、「受験に失敗して来年に向けて進学準備をすることになった学生」にこれを当てはめたやつ、誰だか知らないが底意地が悪い。



 ぼくは一浪して大学に入ったが、周りには三浪四浪がゴロゴロいるような環境だった(医学部なんかはもっと顕著だろう)。一般に浪人生は現役よりも考え方が大人びているとかヒネているとかいろいろ言われるが、実際のところは当然アホもいれば頭の切れる奴もいて、その割合が現役生と比べて高いとか低いとか経験的に感じたことはあまりない。

 


 さて、受験生対象に書かれた本は数あれど、本書のように浪人生をターゲットとした本は少ない。
 著者は牧野剛。かつて学生運動の闘士としてならした河合塾の名物講師だ。

 浪人生というのはなんとも微妙な存在だ。高校ほど縛られてはいないし、大学ほど自由でもない。合格という目標と勉強という義務が課せられているが、その気になれば遊びに明け暮れる毎日だって送ることができる。こうした浪人生の生態を解剖し、成功する浪人生活の過ごし方、あるいはそもそも浪人生とは何なのかを提示していく。

 牧野は言う。ここでの挫折は、あくまでセーフティネットが張られた上での挫折に過ぎない。むしろこれはチャンスである。せっかく浪人という幸せな身分を手に入れたんだから、ここでちょっと立ち止まってみろ。華やいだ世界の裏側に首を突っ込んでみろ。自分で計画を立てて自分で行動しろ。ツルツル流されるな、主体的に動け、と。

 ま、その通りなのだ。というか自分で計画立てて行動できない奴は、たいてい浪人しても同じ失敗を繰り返す。
 ぼくは浪人時代、名古屋の代ゼミに通っていたが、そこには通称「多浪クラブ」と呼ばれる人たち(および場所)がいた。ろくに講義に出ず、かといって自主的に勉強もせず、ただサボって煙草をふかしている連中の集まり。旧帝早慶を目指しているといっぱしの口を叩いておきながら、センター模試で(たかが)英語150点を取って大はしゃぎしている連中。彼らは多くの代ゼミ生から軽蔑と哀れみの眼差しで見られていた。ぼくは幸い一年で代ゼミを「卒業」することができたが、彼らのその後は知りたいとも思わない。

 もちろん金銭的にも、そもそも浪人なんかしないほうがいい。
 しかしもし浪人することになったら、その立場をフル活用すべきだ。

 それもまったく、その通りだと思う。

 


 思想的には自分とはまったく相いれない著者ではあるのだけれど(なにしろ英語の例文に「原子力」という単語が使われているだけで怒り出す人である)、時おり出てくる思想がらみの脱線が気にならなければ、本書は現役生でも相応に面白く読めるだろう。


 ちなみにけっこう昔に刊行された本なので、この本の中で批判的に紹介される参考書だとか各予備校の内部事情というのは現代ではあまり参考にならない。受験生は、そこも差し引いて読むように。

 

(mixiレビューより改訂・再録)