【書評】「よし、この斧でドアをぶち破る…のは止めとこうか、やっぱり」ー石持浅海『扉は閉ざさされたまま』
「倒叙ミステリ」と呼ばれるジャンルがある。
事件が起き、探偵が推理し、最終的に犯人やトリックを解明するのが通常のミステリだが、こちらは犯人も、どんなトリックを使ったのかも基本的にはあらかじめ提示されており、読者あるいは視聴者はすべてを分かったうえで、探偵が犯人をいかに追い詰めるかがサスペンスの対象となる。代表例としては『刑事コロンボ』、日本では『古畑任三郎』が有名だ。
さて、本作は叙述ミステリである。
しかもタイトルの通り、この小説では、殺人現場への「扉」は決して開けられることはない。つまり、密室で殺された被害者が、扉を開けて発見されることのないまま、扉の外で探偵役はじめ登場人物たちが中の状況を推察することだけで進行していくという、無茶な企画なのだ。
もちろん倒叙ものであるから、犯人も、彼がどんな方法で被害者を殺したのかも読者は知っている。物語のポイントは、中で何が起きたのかを推理しようとする探偵役と、部屋への進入を妨害する犯人の心理戦、そして読者に明かされていない唯一の謎、動機―犯人はなぜ殺人を犯したのか?―の2点である。
そんなわけで、ストーリーのほぼ全編は「扉の外」で行われる。
ミステリのお約束である
「くそ、中から鍵が!」
↓
「この斧でドアを破ろう」
↓
バキッバキッ
↓
「うわぁなんやこいつ死んどる」
ってなシチュエーションがなく、探偵役はじめ登場人物は殺人どころか被害者が死んでいることすら気付かずに物語が進行していく。こんな無茶な設定できちんと読ませる展開を作ってしまうのだから、すさまじい。
さて、犯人としてはもちろん、殺人が行われた事実を隠蔽したいわけだから、あの手この手で何とか話を逸らそうと戦略を張り巡らす。が、探偵役の観察眼が、あるいは犯人自らの言葉が、はたまた何の関係もないかのような第三者の言葉が、思いもよらぬ方向から犯人の首を絞め始める。「計画通りにはいかない」って、こういうことなんだろうなぁと妙なリアリティを感じさせる。まさか実体験じゃないだろうな。
ちなみに、最後に明かされる動機については、巷の評判通り、ちょっとどうかと思う。いくらなんでもあんな理由で人を殺すなよ。(東野圭吾『放課後』の動機の方がまだ納得できたぞ)
『コロンボ』も『古畑』も、ひたすら犯人役と探偵役のやり取り、会話の妙で楽しませるミステリだ。そうした意味では本作、そうした系統に並ぶ、正統派で質の高い倒叙ミステリだといえよう。じっくり楽しめること、請け合いだ。
(mixiレビューより改訂・再録)