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【書評】あっけらかんとした明るさのなかにほの見える「死」の匂いー北杜夫『どくとるマンボウ青春記』

書評

 

どくとるマンボウ青春記 (新潮文庫)

どくとるマンボウ青春記 (新潮文庫)

 

 

 旧制高校を舞台に、著者自身の青春時代を綴ったエッセイ。先年亡くなった北杜夫の、有名な「どくとるマンボウ」シリーズの一作である。

 

 「昔はよかった」式の懐古主義は大嫌いだが、この本を読んでいると思わず「いい時代だったんだなぁ」と唸ってしまう。学生の自治によって運営される全寮制のもと、勉強に恋にスポーツに、難解な思索に、あるいはくだらない人生論議に、時には犯罪まがいの行為まで、青春を謳歌したかつての若者たちの姿が実に生き生きと活写されている。

 

 旧制高校は複雑怪奇、忍術修行に打ち込む者あれば、女にもてないが故に男色に走って秘密結社を作る者あり。それを受ける教師だって一筋縄ではいかない。浮浪者まがいの数学教師「ヒルさん」あり、仁王立ちになって「束になってかかってこい!」と叫ぶ者もあり。時のエリート集団であるはずの旧制高校生と、それを受け持つ教師たちのあまりに馬鹿馬鹿しい闘いを見ていると、人目もはばからず笑いがこみ上げてくる。強引な回答で試験を突破しようとする筆者と、それを受けて立つ教師との苛烈な(笑)答案バトルは必見だ。

 

 かように破天荒なエッセイで、終始笑いの絶えない本作であるが、その根底には、どこか暗い「死の匂い」とも呼ぶべき不気味な影が見え隠れする。

 

 戦争という異常事態の中で、焼けて行く我が家や積み重なった死体を淡々と客観的に眺めてしまう筆者の目は、冷めていながらどこか狂気を帯びている。大学時代、突如として「死」に取り付かれ、半ばノイローゼ状態に陥ってしまうところなど、まさしく「死」と筆者の真っ向からの出会いを描いたものだ。

 こうしたただごとではない視点に、小説家・北杜夫の原点のようなものを感じられて興味深い。父の「死」を聞き、東京へ向かう電車の中で処女作の原稿の入ったカバンを握りしめるラストシーンなど、意味深だ。

 

 げらげら笑えて、だけど読み終えたあとに、ちょっと心に引っかかるものがある。あっけらかんとしたユーモアの中に、ほんの一握りの隠し味が含まれた、名エッセイである。

 

mixiレビューより改訂・再録)