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ノラブログ。               

 
 
 
 
 

映画『天空の蜂』は21世紀版『新幹線大爆破』である!

映画

 

『天空の蜂』(2015・日)

 

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軍用巨大ヘリ「ビッグB」が「天空の蜂」と名乗るテロリストに奪取された。遠隔操作によって飛び立った無人のビッグBは、福井県高速増殖炉「新陽」の上空でホバリングを開始。日本政府には「現在稼動中の原発を全て破壊しなければ、ビッグBを『新陽』に墜落させる」と脅迫状が届く。さらに無人のはずの機内には子供が取り残されているという、テロリストにとっても予想外の事態が判明。燃料切れによる墜落まで残り8時間、ヘリの開発者であり子供の父親でもある湯原(江口洋介)らは、刻一刻とせまるタイムリミットを前に決死の救出に挑む。


映画『天空の蜂』予告編 - YouTube

 

 

 

 

 

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ひとこと:心震える傑作。

 

 

 

 東野圭吾は好きで結構読んでいるんですが、この映画化、ぜんぜん期待してなかったんですよ。

 なにしろ監督が堤幸彦なので。

 

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 堤幸彦といえば『ケイゾク』や『池袋ウエストゲートパーク』、『TRICK』、最近では『SPEC』など、数々の名作ドラマを手がけてきた方ですが、どうにも映画となると失敗することが多い-もとい、アレな作品を量産しがちな-お方でもあります。

 その理由は、堤演出が明らかに映画向きじゃないから。この人の持ち味である小ネタの詰め込み、過剰な演技、不自然な台詞といった例に代表されるおふざけ作風は、連続ドラマで観るぶんには楽しくても、大スクリーンとはどうにも相性が悪い。

 

 三池崇史と同じく、来た仕事は選ばず受けるタイプだそうです。人脈も豊富で調整も無難にこなしてくれそうだし、毎度きちんと納期通りに仕上げてくれるあたり、器用な人なんだろうとは思います。業界的には「困ったときの堤幸彦みたいな扱いなのかも(20世紀少年なんか、途中でポシャっていてもおかしくないものを3作とも劇場公開までこぎつけましたからね。出来はともかくとして)。

 

 そんなわけで、なかば地雷を踏む覚悟のもと半笑いで観に行ったのですが……これがまぁ、打ちのめされましたね。良い意味で。

 

 

 

 

 

 すげぇ面白かったの。

 

 

 

 

 

 堤監督、超見直しました。

 ぶっちゃけ日本映画では、いや洋画含めても、今年公開作品の中ではベスト級じゃないですかね?

 

 

 はい、てなわけで今回は褒めモード全開で行きます。

 手始めにこの映画の良かったところをいくつか分類して、以下ひとつひとつ解説していきます。(基本ネタバレなしです)

 

 長所1:社会派要素と娯楽性を高いレベルで両立したこと
 長所2:堤演出があまり気にならない、むしろ効果的に使われていること
 長所3:俳優陣の熱演
 長所4:イデオロギーから脱した、普遍的な作品を構築したこと

 

 

 

 

◆長所1:社会派要素と娯楽性を高いレベルで両立したこと

 まず特筆すべきは、原発というセンシティブな社会問題を取り扱い、それを誰もが楽しめるエンタテイメントとして昇華したことです。

 

 原発を扱ったフィクション映画はこれまで(とりわけ3.11以降)いくつか作られてきましたが、その多くは、正直褒められた出来ではありません。

 その理由は、まず原発ありき/問題提起ありきでお話を作ってしまうから(製作者の政治的立ち位置は関係ありません)。言い換えれば、映画がひたすら「思想」を押し付けてくるのが僕はすごく嫌なのです。共感する人たちにとっては心地良い時間なのかもしれませんが、僕らは社会問題を考えるために映画館に行くんじゃない。僕が以前(ってもこのブログ書き始める前だけど)園子温監督の『ヒミズ』に怒ってたのは、そういう理由からです。  

 

 そこへいくと、本作のバランスは見事です。詳しくは後述しますが、社会派要素とエンタメ要素が見事に融合し、大衆娯楽作品としてきっちり仕上がっている。興収的にクリーンヒットを飛ばしているというのも頷けます。

 もちろんこれには原作パワーが大きく寄与していることは間違いありませんが、原作小説の持つ魅力と物語的技巧を2時間20分にまとめ上げた脚本家の手腕も、正しく評価されるべきでしょう。

天空の蜂 (講談社文庫)

天空の蜂 (講談社文庫)

 

 

 

 

 

 ところで、本作を鑑賞して真っ先に連想したのが、和製パニック映画の傑作と名高い新幹線大爆破』(1975)です。

 

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 振り返ってみると、本作と『新幹線大爆破』には、非常に共通点が多いことに気付きます。

 社会インフラへのテロ行為、タイムリミットの設定、現場の人たちが力を結集する群像劇的構成、繁栄の裏側の犠牲者としての犯人像、想定外の事態で犯人側の譲歩が引き出せなくなる展開……先日、脚本を担当した楠野一郎さんからTwitterで直接リプライを頂きましたが、やはり脚本を書く際に『新幹線大爆破』は大いに参考にされた-もとい、「目標」にされた-とのことでした。

 

 

 さて、いきなり凄いことを言いますが、

 本作は『新幹線大爆破』を超えていると思います。

 

 

 『新幹線大爆破』の唯一にして最大の欠点は、犯人側のドラマに時間をかけすぎて上映時間が152分とやたらめった長くなってしまったことです。

 そのドラマこそ魅力だろ?って意見も多いと思いますが、いささか高倉健パワーにごまかされているような気がします。新幹線に爆弾!止まらねぇ!あぁん0系萌え!乗客はパニック!宇津井健サニー千葉!あっ岩城滉一若い!ヒャッハー!ってアメリカンなノリでウキウキしてるところに、頻繁に高倉健タイムが盛り込まれてその度にじめっとした和風空間に引きずり込まれるので、居心地が悪いというか、被害者側と犯人側という2つのパートがうまく噛み合っていない印象を受けるんです(健さん自体は最高です、念のため)。

 

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 本作も『新幹線』同様、「被害者」(=危機に対処する現場)パートと、「犯人」(&それを追う捜査)パートが交互に描かれる構成なのですが、本作は犯人側のドラマを比較的コンパクトにまとめ、『新幹線大爆破』の明確なウィークポイントであったテンポの悪さが相当解消されています。138分と実は結構長い作品なのですが、説明も手際よく、小さな山場も適度に配置され、上映中はその長さを感じさせない仕上がりでした。

 もっとも黒幕判明以降の展開がもたついた感はありましたが、最大の見せ場が過ぎちゃった後のお話ではあるので、いささか仕方がないのかも。終盤の拳銃のエピソードとか、余計だって意見もあるようですが、あれはあれでちょっと緩んでいた観客をふたたび画面に釘付けにさせる、いい見せ場だったと思うんだけどな。

 

 そんなわけで、本作は『新幹線大爆破』の21世紀リブート版と名乗って差し支えない出来に仕上がっていると思います。もちろんまだまだ改善の余地は見つかるでしょうが、往年の名作の美点を継承し、欠点を補おうとする作り手の志の高さは、疑い得ないでしょう。

 

 

◆長所2:堤演出があまり気にならない、むしろ効果的に使われている

 冒頭で苦言を呈した堤演出、確かに本作でもそこかしこに散見されるんですが、実は本作に限ってはあんまり気にならないというか、むしろ堤演出が効果的に作用している箇所も、間違いなく存在すると思います。

 

 その筆頭として挙げられるのが、現在の状況を観客に伝える手際の良さ本作は原発自衛隊のヘリというかなり専門的な題材を扱っています。こうした作品では「いま何が問題で、どんな解決法があり、そのために誰がどう行動しているか」を的確に伝えなければ、観客の興奮を削ぐことにもなりかねません。そして堤監督、『はやぶさ/HAYABUSA』(2011)でもそうでしたが、こういう状況説明描写を的確にまとめるのが結構上手い

 

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 たとえば、ヘリが墜落するまでの間にオペレーションルームに残った作業員がどこに逃げるか検討するシーン。あるいは、犯人がどうやって原発の稼働を把握しているか明らかになるシーン。登場人物がツッコミや図解も入れながらちゃんと筋道立てて説明してくれるので、まったく知識のない観客でもすんなり飲み込めるし、ここでちゃんと状況を飲み込ませてくれるから、その後に起きるタイムリミットサスペンス(犯人に気付かれる前に稼働再開できるか問題、停止から1分で全員退避できるのか問題)も疑問点なく楽しめるんですよね。

 これ、一見当たり前に見えるけど、下手に撮ったら何がなんだか分からなくなるし、その後の緊迫した展開もぶち壊しにしかねない重要な「解説」シーンですよ。こういう描写がきちんとできているだけで評価したくなるし、逆に言えばできてない映画がいかに多いかってことですね。そういえば、日本政府が「高速増殖炉」なるものになぜこんなに躍起になっているのか、本作で初めて知った人も多いんじゃないですか?

 

 ところで、本作を褒めてる人の中にも、台詞が説明過多という意見はあるみたいです。まぁ堤監督だし(失礼)、その言い分も理解できるっちゃぁできるんですが、残り数時間で日本が終わるかもしれない状況下なんだから「察してる」ヒマなんてねーよ!自分の主張を大声でぶつけたっていいじゃん!くらいには思いましたけどね、本作に限っては。

 この映画の登場人物たちは、皆それぞれの立場からベストを尽くしてなんとかこの状況を打開しようと知恵を絞り命を削っているわけで、少なくとも主要キャラの中には足を引っ張るようなアホは一人としていないのです。説明台詞が多くともぜんぜん嫌な感じがしなかったのは、そういったキャラクターたちの魅力の部分にあるのかもしれないですね。「余裕かましてるヒマなんかねぇ、泥臭く戦え」イズムに感化されちゃったってことでしょうか。

 

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 あ、一応言っておくと、モブがうざい(後述)とか、クライマックスのあの幻想描写はどうなのよとか、相変わらず堤演出がノイズになってる箇所もありましたが、それでも他の作品に比べたら相当抑え気味じゃないですかね?映画の興奮を著しく削ぐレベルの欠点とは思いませんでした。

 

 

◆長所3:俳優陣の熱演

 『新幹線大爆破』ほどのオールスター感はありませんが、実力派揃いの俳優陣による熱演は、やはり本作の大きな魅力です。

 

 なにしろやっぱりモックン(本木雅弘)でしょうね!  

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 もうね、すげぇ格好良いの。今回モックンはずっと仏頂面なわけですが、そんな彼がふと見せる悲しそうな表情とか、終盤で江口洋介と対峙したときの顔力の凄まじさとか、もう抱かれてもいいです。おくってる場合じゃないですよ(『おくりびと』をdisる意図はまったくございません)。

 

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 主演の江口洋介は安定だし、國村隼演じる所長の「現場は俺たちが守りぬく」という決意と矜持も良かったし(部下と互いに信頼してる感じが素晴らしかった)、子供救出役を担う自衛隊員役の永瀬匡さん(ずっと高良健吾だと思って観てました。サーセン)も美味しい役どころでしたね。

 あと子役の子も普通に演技上手かったなぁ。とっさに缶を置くところとか、ロープの先端を外すためによじ登るところとか、「おおっ、このガキ意外とやりおる」って微笑ましく観てましたよ。

 

 逆にちょっと残念だったのは江口洋介の奥さん(石橋けい)と、ギャグ要員の刑事(佐藤二朗)、あと電話で文句ばっか言ってる偉い人(石橋蓮司)かな。これは役者さんの演技が悪いってことじゃなくて、演技プランの問題。どいつもこいつも、あんなステレオライプなキャラにしなくても良かったんじゃ、とは思いました。

 

 

 

◆長所4:イデオロギーから脱した、普遍的な物語を構築したこと

 さて、『天空の蜂』は長らく映画化不可能と言われてきた作品です。

 その理由は、日本でこのスケールの大作を作れるか、という問題もさることながら、それ以上に原発」という題材の抱える「闇」があまりに大きすぎたゆえだと言われています。3.11以前であれば、企画段階で絶対にストップがかかっていたはずです。

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 それを実現にまで漕ぎ着けてしまった、その一点だけでも堤監督をはじめとした制作陣は称賛に値します。しかし、この映画の本当に素晴らしい点は、安易な反体制映画にせず、イデオロギーを乗り越えた、日本人にとって-あるいは人間にとって-普遍的な問題を描こうとしたことです。

 

 本作には、非常に象徴的なシーンがあります。

 ある登場人物が、原発」に群がる人々の浅ましさを告発するシーンがあります。国民の生命よりも建前や面子、利益を優先しようとする政府への批判、そして現場を顧みないエネルギー業界上層部への批判-邦画の娯楽作としてはギリギリ、否、ほとんど邦画の限界を突破したレベルの告発-が行われます。原発反対を信条とする観客の中には、ここで「よくぞ言った!」と溜飲を下げた方も多いでしょう。

 

 しかしその直後、この映画は「原発」を嫌い、正しく理解しようともしない人たちへの、容赦の無い逆告発を行います。

 「原発反対」の美名のもとに行われるおぞましい差別と、それが生んだ悲劇。これは決してフィクションではありません。3.11以降、われわれ日本人が-ある者は被害者として、またある者は加害者として、そして多くの者は傍観者として-まさしく現実として、抱え込んできた「闇」そのものです。相反するイデオロギーの者それぞれが抱える表裏一体の「闇」を、この映画はこれでもかと観客の眼前に叩きつけてきます。

 

 しかし、この映画の目的は「告発」ではありません。

 言い換えれば、この映画は「正しさ」を伝えようとしていない。

 

 エンディング曲『Q&A』の歌詞に象徴されるように、「どう転ぶかなんて紙一重」「誰かの幸せ どこかで ひるがえって 誰かの不幸せ」なのです。

 どちらが正しいか、なんて答えは存在しない。大切なのは目を逸らさないこと。相手を理解しようとすること。それはあの震災以降、われわれ日本人がどこかに置き忘れてしまった姿勢かもしれません。そしてそれはまた、「正義」と「憎悪」が渦巻くこの世界にあって、普遍的な意味をも持つはずです。

Q & A

Q & A

 

 

 

 

 最後に、

 この映画を観た人なら誰もが目に焼き付いたであろう、映画オリジナルのエピローグについて。

 

 

  ネタバレはしません。

 劇場で観てください。

 

 

 

 感想だけ言います。

 思わず息を呑みました。そして泣きました。

 この物語はフィクションだけど、確実に「いま」に繋がっている。

 久しぶりに、映画館で観終わったあとに立てなくなりました。

 

 

 

 

◆短所もろもろ

 もちろん、完璧な映画とは言いません。駄目なところだって一杯あります。

 いちばん気になったのは、先ほどもちょっと触れましたが、やはりモブがうざいってことですね(邦画の伝統ともいえますが)。特に回想シーンで出てきた小学校の教師たち。いくらなんでも目の前で人が死んでる状況であんな対応しねぇだろ(死体に駆け寄るくらいすると思う)。それと、これは指摘してる人多かったですが、ニュースの中継映像にいちいち入ってくるアナウンサーの実況もすっげぇ邪魔でしたね。

 

 あと江口洋介の奥さんが「家族っていうのは、血を流してのたうち回って、ようやく手に入れられるものなのよ!」とか凄いことを言い出したり(この奥さんは『8月の家族たち』でも観たんでしょうか)、せっかく格好良いオープニングだったのにエスティマがのろのろ走ってる平凡なシーンに移ったときはガクッときたとか、ギャグ要素全部いらないとか、鬱陶しい地元刑事の髪型がノイズとか、もうツッコミは多々あるんですが、どうでもいいよそんなこと!

 

 

◆日本人が観るべき映画

 そういう小さい短所なんかマジでどうでもいいと思えるくらいに、この映画には「パワー」が宿っていると思うんです。その力学が俺に物理的ダイレクトアタック。もう心ビンビンきちゃった感じ。

 それは、やはり僕が日本人であるからなのかもしれません。普段なるべくこういう物言いはしないようにしているんですが、日本人が観るべき映画だし、日本人じゃないと作れない映画だったと思います。たとえばハリウッド資本では絶対こんな作品にはならなかったはず。

 

 とりあえず、原発賛成とか反対とか、そのへんの心底くっだらねぇイデオロギーに凝り固まっている人ほど観るべきだし、そして観たあとに残った感情を、できるだけ心にとどめ続けて欲しいですね。

 

 

 

 

 冒頭で堤監督にたいしてナメた口を叩いていましたが、撤回します。

 

 

 堤さん、あんたプロだ。本物の映画監督だよ。

 この映画を世に送り出してくれてありがとう。

 心、震えました。