誰も知らないチャット空間
乃南アサの『ライン』(講談社文庫)というミステリ小説がある。
もともとは『パソコン通信殺人事件』なんて平凡なタイトルで、初版は90年代なので、今われわれが使っている「LINE」とはもちろん何の関係もない。今や懐かしい、インターネットのチャットルームを舞台として殺人事件が起きるという粗筋である。
インターネットチャットはぼくが中学生の時(ゼロ年代初頭)にすごく流行っていた。「ほうげんちゃっと」「chat heaven」といった大手サイトのほか、個人経営の小ぢんまりとしたネット茶屋みたいなサイトや、いわゆる出会い系サイトの一種である2shotチャットもあちこちに立ち上がっては消えたりしていた。
なんでそんなにみんなネットでお喋りしていたかといえば、何か書き込めば即座に反応が返ってくる即時性があまりにも魅力的だったからだ。
ぼくは一人で机に座りパソコンのモニタを覗き込んでいるのに、顔も知らない誰かがいまこの時間を確かに共有している。リアルタイムで形成されていく仲間意識こそが、チャットルームの魅力の源泉だった。
当時のチャットサイトはほとんど消えてしまったが、その特性はLINEやTwitter、あるいはライブストリーミング配信などの形で現在に受け継がれている。
ネットの知り合いがリアルで顔を合わせる場を「オフ会」というが、最近はこの言葉もあまり聞かなくなってきた気がする。
サイバー空間の自分とリアルの自分は、もはやON/OFFで区別するものではなくなっているのかもしれない。