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【書評】ぼくたちには陰謀が足りないー滝本竜彦『NHKにようこそ!』

 

 俺がこんなに苦しいのは、俺が悪いからじゃない。

 誰か他に、悪い奴がいるはずだ。

 

 滝本竜彦の手にかかると、この主張がある種の説得力と正当性を帯びて見えてくるのだから面白い。

 

NHKにようこそ! (角川文庫)

NHKにようこそ! (角川文庫)

 

 

 本作はデビュー作『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』に続く滝本作品第2弾として発表され、漫画化、アニメ化もされたヒット作である。

 基本的な物語構造は前作をそのまま踏襲している。どこかに「敵」を作らなければならないティーンの苦悩というテーマも共通ならば、ラストの疾走感もそっくりだ。前作との違いは、主人公を決定的なダメ人間として設定したことと、よりテーマを掘り下げてきたという2点が挙げられよう。

 

  作者の実体験を多分に含んだ主人公のひきこもり生活の描写は笑いと哀愁を誘うが、お話そのものは淡々と進み、前作と比較して大仰な味付けは薄まった印象。それでもちゃっかりメディア展開して且つそれが成功してしまっているあたり、きっちりエンタテイメントとして成り立っているということだろう。

 

 この作品が受けたのは、ひとえに冒頭に提示した無茶な主張に論理をこじつけて堂々と誇示したこと、そしてそれが若い世代に共感を持って受け入れられたことによるものといえる。

 この話を「身勝手な」と批難することは容易いが、もっともらしいお題目や正論を撥ね退け続けて辿り着いたこの思考を、最終的に「救い」に昇華させてしまった作者の力量は正当に評価されて然るべきだろう。

 

 ラストシーン。ダメダメ主人公・佐藤が、そしてダメダメヒロイン・岬が掴んだ「希望」は、 作者自身がひきこもり生活の末に辿り着いた「希望」の引き写しに他ならない。

 おちゃらけた文体だが、中身はなかなか侮れない。「生きる」ことへの励ましに満ちた堕落文学の秀作である。