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【書評】「第三の選択」同人誌マーケットの必然的な出現ー霜月たかなか『コミックマーケット創世記』

 

コミックマーケット創世記

コミックマーケット創世記

 

 

 コミックマーケットコミケの設立から30年間にわたって関わり続けた米沢嘉博の死(06年)は記憶に新しい。多彩な分野に精通し、精力的に活動を続けた評論家であり、今や世界的にも知られる「コミケ」を誰よりも知り尽くした彼の早過ぎる死を、多くの人が悼んだ。 


 本書の著者である霜月たかなかは、米沢らと共にコミケを立ち上げた初代代表であるが、その数年後に一線を退いている。ゆえにこの本に書かれているのは、本当の「創世記」の物語、コミケがまだ、ささやかなまんがファンたちのイベントであった時代の物語だ。以後、急速に成長を遂げていくコミケを支え、見つめ続けてきた米沢は、その物語を書き記すことなく病に倒れてしまった。

 

 そうした事情のため、コミックマーケットなるものがいかなる経緯をもって設立されたかが本書の主題である。そして本書は、コミケが決してファンの単なる思いつきによってできたものではなく、手塚治虫から始まった戦後漫画史の行き着く先に、ある種の歴史的な必然性をもって生まれたものであることを明らかにしている。

 

 伝説の漫画雑誌「COM」から生まれた「ぐら・こん」と呼ばれる壮大なネットワーク構想が、全国各地に散らばるまんがファン、アマチュア漫画家たちに受け継がれ、「まんがファンのための」「読者のための」場を創るというひとつの目標をもとに、彼らは結集していく。漫画を生産する「プロ」と、それを読む「消費者」の狭間に、読者の側からアクションを起こす「第三の選択」としての同人誌マーケットを創り出すという構想は、70年代に入り、成熟を始めた日本漫画界における、必然的な帰結であったのだろう。

 

 金儲けが目的ではない。有名になりたいわけではない。ただ、漫画が好きだから。その信念だけを唯一の拠り所とし、我の強いマニアたちは一致団結してコミケの舵取りを行っていく。その軌跡は、読んでいて思わず胸が熱くなる。そして40年の月日が経ち、今日、コミケは下手をすれば「プロ」たちのマーケットを侵食しかねない影響力を持つに至った。

 

 規模は大きくなった。影響力も同様だ。しかし、果たしていま「コミケ」に(いかなる形であれ)関わる人々ー我々は、彼らの想いを受け継いでいるだろうか?読み終えて、しばしそんなことを考えてしまった。そんなことを考えながら、ぼくたちはまた性懲りもなくビッグサイトに出かけるのだ。