ダニー・ボイル版『スティーブ・ジョブズ』は、とっても危険で魅力的な映画だった。
『スティーブ・ジョブズ』(2015・米)
1984年、アップル社の新製品発表会本番を40分後に控え、スティーブ・ジョブズ(マイケル・ファスベンダー)は部下のアンディ(マイケル・スタールバーグ)と揉めている。今回ジョブズはどうしてもMacintoshに「ハロー」とあいさつさせたかったが、当の主役は沈黙したままだ。マーケティング担当者のジョアンナ(ケイト・ウィンスレット)は諦めるよう説得するが……
90点
ひとこと:
安易に観ると大やけどする。
Appleの創業者スティーブ・ジョブズの伝記映画。
観たのは今年の2月だったんですが、感想書いたままうpもせずに放置していたのに気付いてこのタイミングで掲載しました。あ、もうDVD&ブルーレイも発売中ですよー。
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さて僕は「Stay hungry,stay foolish」の言葉を掲げるほどのジョブズ教信者であり、また監督のダニー・ボイルも結構好きだったりします。(『トレインスポッティング』は気に食わないけど『ザ・ビーチ』は好き、という珍しいタイプ)
ちなみにジョブズについては、アシュトン・カッチャーを主演とした前回の映画化(2013年)があって、もちろんこちらも観てます。
これ、世間的には酷評ムードですが、ジョブズが「生きてる!動いてる!」ってのを見れただけでも良かったし、そこそこ楽しめたってのが正直な感想。
ただ(各キャラクターの似せっぷりは堪能できるものの)再現ドラマの域は出ず、伝記映画・出世物語としては平板だったなぁ…というのは世評と一致した見解です。
感想としては、
「間違いなく傑作。だけど、安易に観ると大やけどする」
です。
「ジョブズ?ああiPhone作ったハゲでしょ~なんか面白そう~」
みたいなテンションで観ると、間違いなく振り落とされると思います。
(後ろの席で観てたJK2人組は実際そんなスタンスだったようで、まったく腑に落ちない様子で劇場を去って行きました)
少なくとも、スティーブ・ウォズニアック、ジョン・スカリー、ガイ・カワサキといったジョブズを取り巻く人びとや、Lisa、AppleⅡ、「1984年」の広告、NextCubeなどの商品名、「現実歪曲空間」といったジョブズ用語などはある程度押さえてからでないとキツイでしょう。
(出典:Cinema A La Carte)
そういった意味では、ジョブズ初心者向きだった2013年版と比べ、本作はある程度ジョブズに関する知識を得ている観客向け、いうなれば、2013年版がWindowsから乗り換えたライトユーザーにも扱いやすいデスクトップ一体型パソコン「iMac」だとすれば、本作は壮大なパフォーマンス、かつてない拡張性、超高速のレンダリング、驚異的な先進性を兼ね備えた、まさしく「MacPro」のような映画であるといえるでしょう。(何を言ってんだか)
ジョブズの相棒スティーブ・ウォズニアックは、2013年版の映画について、
「ジョブズが最初から天才的な経営者のように描かれているがそうではない。彼は多くの人との関わりを通して成長していったのにそれが描かれていない」
という趣旨の批判をしていました。
(出典:シネマカフェ)
今回のアーロン・ソーキン脚本による本作は非常に特異な構成をとっており、ジョブズの伝記映画と銘打ちながら
「1984年、初代Macintoshのプレゼンテーション開始直前の40分」
+
「1988年、NeXTcubeのプレゼンテーション開始直前の40分」
+
「1998年、初代iMacのプレゼンテーション開始直前の40分」
=120分
と、ジョブズの生涯におけるわずか3つのシーンを、それぞれほぼリアルタイムで描くという世にも不思議な作品となっています。(ちなみに発表会本番のシーンは一切描かれない)
当然、登場人物も限られてきますし、ほとんど同じようなシーンが3回も繰り返されたりするわけです。(全体に、すっげー舞台劇っぽい)
(出典:CINEPOP)
こんな無茶な構成をとりながら、ソーキンの磨きに磨き上げられた脚本は、限られた舞台設定と登場人物という制約のなかで、会話だけで登場人物それぞれの人間を深く深く掘り下げていきます。
さてさて、なんだか神格化されているスティーブ・ジョブズが人間的にかなり問題ある人物だったことはジョブズファンなら周知の事実でしょうが、この映画の冒頭で登場する1984年のジョブズは観客の9割がドン引きするレベルのスーパークズ野郎です。
ジョブズは「天才」なんかではなく、気分屋で、ワガママで、独善的で、周囲を傷つけ、家族という関係から逃げ回ろうとする、髪の薄い小心者です。
(出典:Cinema A La Carte)
そんな彼がなぜ世界を変えた人物として尊敬を集めるようになったのか、彼は他者との関わりの中でどう変わっていったのかを、この脚本は丹念に描き出していきます。
この映画が感動を呼ぶのは、「天才」の人生ではなく、ひとりの不器用な人間が、悩み、もがき苦しみながら生き方を見つけ、世界における自分の役割を見出していく姿を描いている-すなわち、人間にとって普遍的なテーマを扱っているからなのです。
本作の勝因は、「完コピ」を目指さなかったことです。
ダニー・ボイルの演出ってのはともすれば「雑」な面があるんですが、本作においてはその「雑」さがむしろプラスに作用した部分もはっきりあります。
すなわち、「雑」で「勢い重視」であるがゆえに、たとえば史実との整合性や事実の網羅性などにはこだわらず、本作のような勢い一点突破型のユニークな伝記映画を作ることができたのではないかと思うのです。
主演のマイケル・ファスベンダーにしたって、最初はどうみてもジョブズには見えない-はずだったのですが、映画が終わる頃には、ジョブズそのものにしか見えなかったし、最後に彼がステージで拍手喝采を浴びながら登場するシーンは、思わず涙が出ました。
(出典:Cinema A La Carte)
間違いなく変な映画だし、万人にお薦めできる作品ではありません。
間違いなく変な映画だし、万人にお薦めできる作品ではありません。
しかし本作は、僕の人生においても大切な一本になりそうです。
※ジョブズと愉快な仲間たちを扱ったフィクションとしては、ビッグコミックスペリオールにて連載中の漫画『スティーブズ』がオススメです。『東京トイボックス』のうめ先生が執筆されているので興味のある方はどうぞ。