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【新作映画レビュー】ホラー映画より怖い!最低最悪の進捗確認ドキュメンタリー『FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー』感想

 

【2019年:5本目】

 

FYRE: 夢に終わった史上最高のパーティー

 

 

 

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80点

 

 

 

 

ひとこと:

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これNetflixのオリジナル番組なんだけど、海外wikiで確認したら「film」に分類されてたんで一応このブログでも「映画」カテゴリで扱います。

 

俺はフェスとかそういう関連には疎いのでまったく知らなかったんだけど、2017年春に開催され、史上最悪とも称される大失敗に終わった音楽フェス、その名も「Fyre Festival」ってのがありまして、本作はそれを取り上げたドキュメンタリー。実は同じ時期にhuluでもこれを扱った番組が作られてますが、こちらは残念ながら日本語訳つきでの配信は行われていない模様。

 

フェスの名称にもなってるこの「FYRE」ってのは、アプリとその開発会社の名前。どんなアプリかっていうと、芸能人とかアーティストを自分の開催するイベントに呼びたいときに、事務所通した面倒臭い手続きとかせずに直接予約のやりとりできちゃうよっていう、結構すごい代物。創業者のビリー・マクファーランド(こいつが今回の元凶)は、ラッパーのジャ・ルールワイルド・スピードとか最狂絶叫計画とかに出てたひと)と組んでこのアプリを大々的に発表。芸能界に革命を起こそうと目論んでいたのでした。

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↑左がビリー、右がジャ・ルール

で、ひょんなことから、アプリの宣伝も兼ねて俺らで音楽フェスでも開こうぜという運びになりました。ここまではまぁ、いい。
問題は、彼らの中にこうしたイベントの運営経験者がいなかったこと、そして宣伝に力を入れすぎ、収拾がつかないほど大風呂敷を広げに広げてしまったことであった。

 

 

さて、バハマに浮かぶ美しい島を買ったビリーは、人気モデルやインスタグラマーたちを引き連れ、小型飛行機で颯爽と参上。澄みわたる青空と海と砂浜をバックに、ええケツとええチチしたねーちゃんたちと一緒に飲めや歌えの大騒ぎ。広告会社はそれを撮影&加工し、実に魅力的なPVに仕立て上げてしまう。それをインフルエンサーたちが拡散。世界一リッチでゴージャスな音楽フェス開催の知らせは、またたく間に世界中に広まっていく。

ちなみにそのときに作られたPVは、いまでも観ることができます↓



お客様は専用機で島までご案内。ゴージャスなヴィラでの宿泊プランから別荘プラン、専用シェフ付きクルーザープランまで各種ご用意。もちろん出演アーティストは一流ばかり。お値段はおひとり様、数十~数千万円。この高額っぷりにも関わらずチケットは2日で売り切れ、全世界から数千人が一挙にこの島に集うことになりましたとさ。

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OK、OK。宣伝は大成功。評判も上々。あとは開催するだけだね。
が、ここから歯車は大きく狂い始める。

 

まずPVに「元麻薬王の持ってた島でーす☆」とかノリで書いちゃったおかげで島のオーナー激おこ。急遽、島ではなく近隣の海辺の宅建設予定地に開催場所を変更する羽目に。でも参加者にはそんなこと知らせない。

「ていうかこのスペースでこの人数無理じゃね?インフラは?トイレ確保とかどうすんの?」とツッコミを入れたスタッフ、解雇。別のスタッフが必死に宿泊場所の確保に動くが、どう考えても予定人数を収容するのは無理ぽ。「アカン。チケット払戻ししてください」と懇願するも、主催からは「がんばれ。やればできる」イカした激励。さあ、なんだか雲行きが怪しくなってまいりました。

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人手も足りなきゃノウハウもない。よく見りゃ実はカネもない。何がどこまでできているのか、何が決定しているのか、それすら誰も把握していない。大混乱する現場。でも主催のビリーは松岡修造テンション「できるできる絶対できるやれるって気持ちの問題だ!がんばれがんばれ積極的にポジティブにがんばれ!」とか言うばかり。その言葉に突き動かされ、あるいはもう走り出してしまった責任感からか、不眠不休、無我夢中で頑張るスタッフ。しかし、彼らの懸命な努力は、「事前中止or延期」という、ギリ踏みとどまる選択肢を除外させ、徐々に事態を最悪の結末へと導いてしまう。

 

 

フェスの開催が近づくと、参加者からも不安の声が出始めた。
開催間近なのにフェス側からの連絡がない。公式ホームページの掲示板には、どの飛行機に乗ればいいの?着いたらどうすりゃいいの?という書き込みが相次ぐが当然のごとくスルー。批判コメは削除。そのくせ「フェス期間中に使うバンド(決済システム搭載)にお金を入れてね!みんなは平均3000ドル入れてるわよ♡」とか煽ってくる。なんか最近も日本で某旅行会社が似たように事前入金募って計画倒産してた気がするが気にしない、気にしない。「よく調べたらそもそもここって島じゃないやんけ。フォトショで雑加工してんじゃねえぞタワケ」と怒った参加者が告発アカウントを作るも、こちらは特に注目されず。

 

そして迎えたフェス当日。
参加者たちは普通の737機体にロゴを貼り付けただけの専用機(笑)バハマに到着。彼らは現地を見て悲鳴をあげる。目に入ってくるのは豪華ヴィラではなく、避難用のしょぼいテントの群れ。しかも前夜の雨で中の布団は水浸し。別荘は?豪華な食事は?クルーザーは?アーティストはどこにいるの?誰も答えられない。やってられっか帰るぞ!あっ帰りの飛行機もねえ!!水も電気も食料もない極限状態に置かれた参加者はテントを奪い合い、いつしか物資の略奪と暴徒化が始まった。こうして、史上最高に豪華なフェスは、大パニックのさなか、当日中止という最悪の形で幕を下ろしたのであった。

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以上で、このドキュメンタリーの「前半」は終了である。

 

 

 

 

さて…何が悪かったのだろう。


いや全部悪かったんだけど、最大の原因は、こいつら(運営側)が自分たちを高く見積もりすぎたことだと思うのよね要はうぬぼれてた。うーむ、こう書くと陳腐ですな。でも本件の場合、それがSNSマーケティングと密接に絡んでるところに、本案件の救いようのなさ、病理の根深さがあるように感じるのですよ。

 

「分裂勘違い君劇場」というブログを運営してるふろむださんという人の書いた、『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』という長いタイトルの本がある。

人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている

人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている

 

 この本の中で著者は、人間の評価はその実力ではなく、「錯覚資産」、つまり実際の実力以上のものを持っていると錯覚させる認知バイアスにあるとして、その分析を行っている。いわゆるハロー効果というやつである。例えば顔がいい人間、Twitterやインスタで人気のある人間、ある一点において優れた業績を残した人間は、その長所や業績以外の面でも全面的に優れているように見えてしまうというわけだ。以下引用。

「実力がある」から、よいポジションを手に入れられるのではなく、「実力があると周囲が錯覚する」から、よいポジションを手に入れているのだ。

そもそも起業した会社が上場したことと、その人の発言内容の正しさに、なんの関係がある?「この人の起業した会社は上場した。だからその人の言っていることは正しい」この「だから」は、まったく論理的ではない。この前提から、この結論は導けない。こんなもの、ハロー効果以外のなにものでもない。

ビリーはたしかに新進気鋭の実業家としてメディアではスター扱いだった。そんな彼がやるんだから、きっとすごいことになる。大成功するに決まってる。見てみろよ、PVに登場した美しいモデルやインスタグラマーを。彼女たちが参加しているんだ、信用できるに決まってる、そうに違いない…

周囲の人間だけでない。おそらくビリー自身も、自分自身の「錯覚資産」に惑わされ、成功を疑っていなかったのだろう。そこに今回の悲劇の発端がある。

 

 

「錯覚資産」の最たるものは、最初に作られたPVだ。
実際のところ、このPVは美しい。素晴らしい出来だ。つまり、このフェスのマーケティングは上手かった。めちゃくちゃ上手かった。主催者はインフルエンサーを利用して全世界に宣伝してもらう。インフルエンサーは「選ばれた人間」としての自分をアピールし、世界最高のフェスに無料でご招待してもらえちゃう。両者にWIN-WIN関係が成立したこの宣伝企画は、大成功してしまった。

 

しかし結局、「世界最高のフェス」は実現しなかった。このPVの中だけでしか存在し得なかったのだ。
ビリーたち主催者は、とことん現実を見ていなかった。現実に、いま目の前で必死に問題に対処し、事態を収拾しようとするスタッフや労働者、フェスの開催を心待ちにする参加者たちの姿が、目に入っていなかった。ビリーの目に写っていたのは、スマホの画面越しに見る、美しい海、空、砂浜の動画、それだけだったのだ。

 

このドキュメンタリーの結末近くで、とあるスタッフが当時を振り返って言う、印象的な言葉がある。
「自分の投稿を見てみると、美しい海辺と日没だらけ。人生で最も辛い経験だったのに、もし君が投稿を見たら、”すばらしい” バハマに住んで毎日海に行ける”…ファイアはそういう現象の究極だった」

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 現実で艱難辛苦を味わった彼らにとって、スマホ越しの美しい風景は、なんとも皮肉に映ったことだろう。

 

それにしても、開催当日に至るまでの、永遠に続くかの如き「進捗どうですか?」状態(ウルトラハードモード)、そこいらのホラー映画よりはるかに怖い。
最後のトドメのように前日夜に大雨がきてテントが水浸しになってたけど、あれとかもうタイミング良すぎてむしろ笑うよね。インタビュー受けたスタッフも爆笑してたし。本当に絶望的な状況になると人は笑うってのがよく分かる事案でありました。

 

 

ところで先ほど、ここまででこのドキュメンタリーの「前半」は終了である、と書いた。
そう、まだ半分なのだ。

 

後半はフェス失敗の「その後」が書かれるのだが、実は関係者には隠されていたあれやこれやがしだいに明らかになり……ここから先はあえて言わない。というかむしろ、ここからが本番。ぜひご自身の目でご覧ください。

 


吐き気をもよおすクズというものを。

 

 

 

 


余談ですが本作、BGMにデヴィッド・フィンチャー作品のサントラが使われております。いやー、一線を越えたもはや笑うしかない殺伐さとか含めて、なんか妙に内容と合ってたよね。

 

(2019/1/27鑑賞)