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【新作映画レビュー】こいつが大統領になっても、世界はたいして変わらなかっただろうよ。『フロントランナー』感想

 

【2019年:7本目】

 

フロントランナー

 

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42点

 

 

 

ひとこと:
脇が甘い人が脇が甘い失敗をする話。

 

 

1988年のアメリカ大統領選挙において民主党最有力候補(フロントランナー)と目されながら、選挙中の不倫スキャンダルによって表舞台を去った若き政治家ゲイリー・ハートの波乱の3週間を書いた政治ドラマ。監督は『マイレージ、マイライフ』などのジェイソン・ライトマン。主人公ゲイリー・ハートを演じるのは『グレイテスト・ショーマン』のヒュー・ジャックマン

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この選挙で実際に勝利したのはこの間亡くなったパパ・ブッシュ。このあとアメリカは湾岸戦争に突入していくのはご存知のとおり。トランプ政権も多方面からフルボッコされてるこのご時世に、多分にハリウッド・リベラル的な視点から、歴史の渦に飲み込まれていった「IF」を発掘してみましょうや、という企画。その手つきの好悪はこのさい横に置くとして、あらすじだけ聞くとなかなか興味深い題材ではある。

 

 

だが実際のところ、この映画が興味深いのはせいぜいオープニングまで。結論からいえば、つまらない。とにかく、ひたすら平板で退屈。なんなら中盤とかうっかり眠くなっちゃった。これはちょっと、相当な期待外れと言わざるを得ない出来でありました。

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なにしろ、主人公のゲイリー・ハートがまったく魅力的な人に見えない。
ヒュー・ジャックマンが演じているのに、である。

 

 

ヒュー・ジャックマンのインタビューによると、このゲイリー・ハートって人、まだそんなに有名になってない頃のスティーブ・ジョブズに会うために彼の家のガレージにまで足を運んだなんてエピソードもあるくらい、今から見てもかなり先見的で型破りな政治家だったとのこと。なんなら「ケネディの再来」とまで言われてた、そのくらい期待されていた人らしいんですな。
この映画、つまるところ「高邁な理想(政治思想、政策)が、世俗的な現実(不倫スキャンダル)の前に敗れ去る」話なわけで、つまり「もし彼が大統領になっていたら、世界はどう変わっていただろうか」「彼を潰したアメリカの選択は本当に正しかったのだろうか」という、未来を生きるわれわれ観客に対する現代的、普遍的な問いかけになるのが普通だと思うんです。

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てことは、ゲイリー・ハートの魅力的な部分とダメな部分、双方をちゃんと描かなければならない。彼という人間を深く掘り下げた上で、この人の長所も短所も含めてあなたはどう判断しますか、という問いかけにならなきゃいけない。実際、このスキャンダルは、政策の良し悪しではなく品行方正さで政治家の評価を決める風潮ができてしまった歴史的な転換点とも言われていて、ゲイリー・ハートという人間を清濁併せ持った存在としてきちんと描けばこそ、こういう題材をあえていま取り上げる意味というのも明瞭に浮かび上がったと思うんですよ。

 

 

でもこの映画は、ほとんど彼の短所しか描いてくれない。
いや…短所ってほど大仰なもんでもないな。単にアホというか、脇が甘いところばっかり描写される。選挙期間の真っ最中に愛人を事務所に連れ込むわ記者にキレるわ過去にも不倫してたこと暴露されるわ、とても有能な政治家には見えない。

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いや、起こってること自体は史実なんだから仕方ないけど、描き方ってもんがあるじゃないですか。彼のそういう好色なところとか脇の甘さも、彼の魅力と地続きなもの、つまり誰からも愛されるという長所の裏返しとして女性と深い仲になっちゃうとか、完璧な人間を演じることの捌け口をどこかに求めていたからこそそういう関係に走っちゃったのかなと観客がちょっと同情してしまうとか、そういうふうに描くんなら(ベタだけど)まぁ分かるんですよ。
でも彼の魅力の部分は描いてくれないからさ、この映画。彼がもっともアメリカ国民に向けて訴えたかった部分、つまり政治政策についてもぜんっぜん触れられないし。後半の記者会見のシーンで記者の質問に一問一答するくだりはヒュー・ジャックマン任せの実質アドリブらしいんだけど、そこでの彼の熱演もぜんぜん活かせてない。結局、観終えても、やっぱりこいつ大統領にしなくて正解だったんじゃねえの?って感想しか浮かんでこない。

 

 

周囲の人たちの描き方もなあ…せっかくJ・Kシモンズとか、他にも良い役者を起用してんのに、こちらもまた印象に残らない。みんなただの背景、書き割りでしたねえ。

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唯一、黒人記者だけは面白くなりそうなキャラだったんですけどね。彼自身はゲイリー・ハートを心から尊敬していて仲間内でも庇っているんだけど、同時に記者としての職業倫理、使命感にも駆られているという、グラグラ揺れ動いてるキャラクター。彼が心変わりするきっかけもなんか曖昧だったし(まさかあの給湯室での女性記者との会話だけってことじゃないよな?)、もったいない。むしろこの記者とゲイリー・ハートの関係に絞って描いたほうがよほど面白くなったんじゃないの?

 

 

ただ、穿った味方をするなら、この「主人公の魅力のなさ」ってのがある意味、作り手の狙い通りだったという可能性もなくはないですけどね。要は「政治なんてこんなもんだよ~」とか「こんなのを大統領にしようとしてたお前らアメリカ国民バーカ!」ってメッセージの映画だったとしたら、この作りも分かんなくはない。コーエン兄弟の『バーン・アフター・リーディング』みたいな、観終えて何も残らない虚無感を狙ったというか。まあ違うと思うけど。

ジェイソン・ライトマン…『マイレージ、マイライフ』も『ヤング≒アダルト』も好きだったんだけどなあ。本作のキレのなさはちょっと予想外。どうしてしまったのだろう。実はこのひと、共和党支持者?民主党はクソだと訴えかけるためにこんな映画作ったの?そんな邪推すらしたくなる。

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こんな大統領候補サマでは『タクシー・ドライバー』のトラヴィスも意気消沈待ったなし。というわけで、本作を観に行くくらいなら、場末のポルノ映画館にでも足を運ぶのがオススメです。くれぐれもガールフレンドは誘っちゃダメだぞ。

タクシードライバー (字幕版)
 

 

 

(2019.2.3鑑賞)