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ノラブログ。               

 
 
 
 
 

コスプレの中心で愛をさけぶ

 

 コスプレにたいして「愛」がどうのこうのという問題が定期的に浮上する。
 キャラへの愛が感じられないどうのこうの。露出がどうのこうの、出会い厨がどうのこうの、完コスじゃないからどうのこうのetc。

 

 くだらん。

 醤油ラーメンが好きか、とんこつラーメンが好きかという問題と変わらん。
 当人の嗜好の問題に過ぎない。

 

 ついでにいえば、彼らは「醤油ラーメンもとんこつラーメンも好き」な人々が少なからず存在することを失念している。たとえば「コスプレに対して真摯に努力する出会い厨」も容易に存在しうるということに、なぜ考えが至らないのか。コスプレのレベルを上げたいという向上心と異性と付き合いたいというコミュニケーション欲(性欲かもね)が「両立しない」と、いとも簡単に断定してしまう根拠はどこにあるのか。

 

 さらにいえば「醤油もとんこつも嫌い」な人だっているし、「塩ラーメン」や「家系ラーメン」「美味しいラーメン」「安いラーメン」など別の概念を持ち込めば、より分類は複雑化する。白か黒かの二分法ですべての人間を区別できるなどと、なぜ思い上がるのか。「愛」を至上のものと掲げ賞賛し敵対者を攻撃する人が、「愛」の多様性についてかくも無頓着であるのはなぜか。そこには、みずから「愛」を掲げることを免罪符として批判対象にレッテルを貼りたがる、ルサンチマンと選民意識が見てとれる。

 

 要は「俺はこいつが気に入らないんだ」ってちゃんと言えよって話。
 「愛」とかおためごかし言ってんじゃないよ。

 

 断っておくけれど、「俺が気に入らない」って意見それ自体に俺は反対しませんよ。「俺は醤油ラーメン嫌い」ってのはその人の好みなんだから「そうですか」としか言えませんやね。でもそいつがラーメン屋に乗り込んで「こんなラーメンはクソだぁー!」って叫びながら客のどんぶりをひっくり返し始めたらとりあえずぶん殴るでしょ。そういうこと。お前の好みを一般化すんなよって話。

 

 そんなわけで、こうした場で語られる「愛」など、ラーメンよりはるかに取るに足らないといえる。「愛」を語る人の説教はたいてい非生産的で愚劣であるが、ラーメンは少なくとも舌を楽しませ、腹を満たしてくれるのだから。